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2007年1月の6件の記事

2007年1月24日 (水)

[7st]【Apple】ジョブズ復帰 (2007/1/24)

[Mac、そしてジョブスの復活]
MacintoshのOSは、1984年の出荷以降、System 7まで大幅に強化改良されたものの、基本的な部分はほとんど進化していなかった。'90年代に入ると、長らくOSの座を担っていたSystem 7.5系はSystem 7.5.5で打ち止めとなる。

1997年1月
            「Mac OS」という呼称を初めて公式に採用した
      「Mac OS 7.6」が発売された。
            半年後、「Mac OS 8」の名で、久々のメジャー
     アップデートを行ったMac OSとして発売する。
            「Mac OS 8」はMacユーザの間では大ヒットし、
           アップルは高利益を受け復活の足がかりとなった。

次期Mac OSとなる新たなOSを外部から調達する事を決定する。その中にはマイクロソフトのWindows NT、サンマイクロシステムズのSolaris、IBMのOS/2、BeのBeOSを候補として、調査と交渉を行った。なかでもBeOSこそ本命と噂されていた。


1996年11月頃
        アップルが次期OSを外部に求めているという話を知った
      NeXT社のエンジニアは、スティーブ・ジョブズに打診。
          公表されてはいなかったがNeXTはハードウェアから
      撤退し創業以来初の黒字となっていたものの経営状態
      は良好とはいえず、ジョブズはこの話を受けてアップル
      とアメリオに対してOPENSTEPを売り込んだ。

1996年12月上旬
        1985年以来初めてアップル社内に入り、アメリオら首脳陣
      と話し合いを行った。

1996年12月10日
       BeOSとOPENSTEPの比較プレゼンが行われたが、勝利
            を確信していたガセーがほとんど事前準備をしていなか
            ったのに対し、周到に準備をしたジョブズがカリスマ的な
            プレゼンテーションを行い、ガセーは敗れ去った。

1996年12月20日
      アップルがNeXT社を4億ドルで買収することを発表し、
      次期OSの基盤技術としてOPENSTEPを採用すると発表。


[AppleとMicrosoft]
1997年2月
        正式にNeXT買収が成立し、アメリオの要請も有りジョブズ
       はアップルに非常勤顧問という形で復帰した。

1997年7月
              アメリオが辞任し、ジョブスは暫定CEOとして就任する事
              になる。取締役陣のほとんど辞任し、代わりにオラクル
              のラリー・エリソン、インテュイットのビル・キャンベルらを
              取締役に迎え入れ、取締役会はほぼジョブズ寄りの
             メンバーに再構成される。

※インテュイット:アメリカの会計ソフトの会社。日本では弥生会計として販売               

              マイクロソフトと特許のクロスライセンス及び業務提携
              を結ぶ。アップルはNetscapeナビゲータに代わりIE
              InternetExplorerを標準ウェブブラウザとしてバンドル
             する事と引き換えに、マイクロソフトはMicrosoft Office
             をMacintosh用により一層最適化させ、更にMacintosh版
             とウィンドウズ版を同時リリースするということである。

ゲイツはOfficeの開発を善処する事と引き換えに、インターネットエクスプローラの標準バンドル権を勝ち取る事となり、マイクロソフトとしては痛くも痒くもない1億5000万ドル以上と言われる出資(額は非公表、議決権のない株式を発行)を行った。そしてボストンで行われた1997年のMac World Expoでは、ジョブズの基調講演の最中にゲイツがスクリーン中に登場し、それらの提携を発表する事となる。歴史的和解とも取れるこのコンピュータ業界の大物同士の両者の演出は、発表された提携内容よりも話題性の方が大きく報道され、関心の深い者には良くも悪くも波紋を呼ぶ結果となった。

[iMac]Imac

1998年5月
            iMac を発表。

このiMacは、ポリカーボネイト素材をベースに半透明(トランスルーセント)筐体を採用した、人間の感性に呼びかけるデザインテーマの製品だったのだ。このデザインは視覚的にも訴えかけていたが、ボンダイブルーなる青緑のカラーリングにマスコミはこぞって賞賛を送る事になる。iMacの存在意義はそれだけでなく、単純明快なコンピュータである事を示すべく、当時のAT互換機で標準になりつつあったUSBを新たに標準として採用した。

更に、トランスルーセントデザインを採用する事で、ジョブズはこのiMacにも似合う周辺機器が開発される事を見越しており、サードパーティ各社はこぞって新製品や現行品の改訂版として同様の半透明素材を採用した製品を発表した。
アップルは後にこのiMacのリビジョン改訂を行い、5色になったiMacは"Candy"と名付けられ、色名も"ブルーベリー"、"タンジェリン"、"ストロベリー"などの名称が与えられる。その後もカラーテーマを替えて人目を惹き、それに付随する様にスロットローディングタイプのCD-ROMドライブを採用したり、PowerMacintoshにしか与えられていなかったFireWireポートを採用する等でヒットを続け、iMacはアップルに久しぶりに利益をもたらしたのだった。

その途中には"iMac to go"というコンセプトのiBookが発表される。"ブルーベリー"と"タンジェリン"と言ったiMacでの売れ行きが良い2色を用い、簡略化された各ポートと、頑丈なポリカーボネイトのボディーを採用したiBookはそれなりのヒット商品ではあったが大きさや重量と形状から日本では不評であった。後にiMac同様に数色がラインナップに加わり、FireWireポートも追加される事となる。

Images
その後、2002年には液晶フラットパネルに改訂され、Duckneckという首降り機構を備え白一色で新たなデザインとなったiMacはCPUがPowerPC G3からG4に改められ、2004年秋にはPowerPC G5を採用した新デザインのiMac G5、2006年にはIntel製チップを搭載したiMac (Core Duo)が販売される。これにより、iMacでWindows XPを動作させようという動きがサードパーティ等から出始め、同年4月にはアップル社自身が将来提供するソフトウェア「Boot Camp」(2006年現在は開発途上版が公開されている)を利用する事により、Windows XPがIntel Mac上で動作可能になると発表した。


[デジタル家電戦略]

2000年9月13日
            次世代オペレーティングシステムであるMac OS X Public Betaを発表。

  奇麗なGUI表示となったMac OS X だったが、その華麗さに反し操作性についてユーザから戸惑いの声が上がった。

2001年
          Mac OS X v10.0 “Cheetah” を発表。

 GUIが改良されるがまだまだ完成度は低く、パーソナルコンピュータ市場はすでにWindowsが独占しており、単なる新しいOSとして売り出すには見た目のインパクトだけでしか勝っていなかったと言える。そこでアップルはパーソナルコンピュータ単体ではなくデジタル家電分野への参入が必要だと判断し、 Macintoshを核に様々なデジタル機器を連携させる「Digital Hub」という構想を打ち出した。



2003年
          標準機能でWindowsのネットワークに参加できるようになった


[iPod]

2001年
         iPodを発売。

   それまで主流だったフラッシュメモリ型とは一線を画す、大容量ハードディスクドライブ型携帯音楽プレイヤーiPodを発売。当初は価格の高さにより売れ行きを疑問視する声が少なくなかったが、直感的な高い操作性と、管理ソフトiTunesとの抜群の連携機能もあり、徐々に売上を伸ばす。初期には斬新なコンセプトが理解されなかったことにより、懐疑的な意見が多くあった。

しかし、当初はMac版しかなかったiPodは後にWindows版のiPodを発売する事になる。その後、Windows用、Mac用といった区分けはなされなくなり、Windows向けiTunesが提供されたころからヒット商品となる。そして廉価版とも言えるiPod miniを登場させた事で爆発的にヒットし、さらに2003年には、iTunes Music Storeを開始、オンライン楽曲販売を始める。2004年にはiPodをヒューレット・パッカードにライセンスするなど、携帯音楽市場で、米国を中心に独占的な地位を確保するに至った。日本でもウォークマンを圧倒し、2003年以降一貫してデジタル携帯音楽プレーヤーのシェア1位を誇る。iPod miniの後継モデルとしてiPod nano、またシャッフル再生というコンセプトをメインに据えることにより低価格化とより一層の小型化を実現したフラッシュメモリ型のiPod shuffleも発売され、人気を博している。

日本では、2005年8月4日から登録楽曲数100万曲、1曲150円か200円という低価格で、iTunes Music Storeを開始した。開始よりわずか4日で100万曲ダウンロードを達成した。ポッドキャスティングと呼ばれる新しいデジタル配信媒体を構想し、テレビよりも技術革新が進まないラジオのデジタル化に革新をもたらすことが期待される。Macよりも販売が好調であり、現在アップル社において最も収益を上げている部門である。

iPodが登場した当初は、現状のような大成功を収めると思っている関係者が多かったわけではない。iPodに関しては、かねてからアップルが提唱していたコンセプト「デジタルハブ」(多くのデジタル機器の中心にパソコンを据えるというコンセプト)構想が時宜を得て、iPodが携帯型音楽プレイヤーの代名詞となるという、かつてのウォークマンのような地位を得た。

そしてアップルは、2006年2月28日にiPod関連商品iPod Hi-Fiというホームオーディオがスペシャルイベントで発表された。サードパーティが開発して来たiPod用ホームオーディオシステムに、アップル自身が直接手を出した事によってこれからのアップルの動向、また新たな挑戦が期待される。

[iphone]895735_38

iphoneサイト⇒こちら

2007年1月
       iphoneを発表
2007年6月
       iphoneを発売予定(米国)
2008年
        アジアで発売予定

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発表
発表

アップルトップ

アップル創成期
ジョブス追放
ジョブス復帰

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[7st]【Apple】ジョブズ追放、WinになれなかったMac (2007/1/24)

[ジョブズ追放]

1981年
        スコットは能力不足を理由にマークラに解雇された。
        暫定的にマークラが社長の座についたが、
        ジョブズは(会長ではあったものの)
        自身の経営者としての資質に疑問を抱き始めており、
        スコットの後任としてマーケティングに優れた社長となる
        人物を連れてくる必要に迫られた。

ジョブズは、ペプシコーラの事業担当社長をしていたジョン・スカリーに白羽の矢を立て、18ヵ月に渡る引き抜き工作を行った。このとき、スカリーを口説くために彼が述べた言葉、「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかんでみる気はないのか?」(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?) はあまりにも有名である。

1983年
        ジョン・スカリーはアップルの社長の座に就く。
         ジョブズとの関係はダイナミック・デュオと呼ばれるようになり、
         二人の関係は常に良好だった。

1984年1月
         Macintoshのデビューに立ち会い、順調に経営が進行する
         ように思われた。

しかし、
1984年
        クリスマスシーズンは、需要の予測を大きく誤り、
        Macintoshの過剰在庫に悩まされることになった。
        この第四-四半期で初の赤字を計上、
        従業員の1/5にあたる人数の削減を余儀なくされた。
        アップルの経営を混乱させているのはジョブズだと
        スカリーは考えるようになった。

1985年4月
      Macintosh部門からの退任をジョブズに要求、
     取締役会もこれを承認した。

スカリーはこれで穏便に済むと考えていたが、ジョブズはスカリーが中国に出張している間に彼をアップルから追放することを画策した。このことはジャン=ルイ・ガセーにより事前にスカリーに伝えられ、

1985年5月24日
      取締役会でジョブズの画策をスカリーが問いただし、
        他の取締役にスカリーとジョブズのどちらか選ぶように告げ、
        取締役のほとんどはスカリーを選ぶ。

1985年5月31日
      ジョブスはにアップルでの(会長職以外の)すべての業務から外された。

スカリーは「一番の大株主であり、会長でもあるのだから大人しく引退することを望んでいた」と言うが、それに反するようにジョブズは当時所有していたアップルの株を1株だけ残して約650万株をすべて売却し、NeXT社を創立した。それと同時にスカリー宛てに郵送で辞職願を提出し、会長職も辞任した。



[Newton (ニュートン)]

1990年
      スカリー自身は技術者でないのにも関らず、
     アップルのCTO (最高技術責任者)に着任した。

1992年
    CPUにARM を採用し、ペンデバイスによる手書き
         認識などを実現した PDA、Newton Messagepadを発表した。

初代Messagepadはシャープと共同開発されたと言われており、シャープにとっては後のZaurus(ザウルス)のヒットへと繋がる事となる。世界初のPDAとなったMessagepadはNewton OSと言う独創的なOSを採用し、ペンデバイスで入力した文字をそのままテキスト文書として保存が出来る事が特徴だった。それ以外にもフリーハンドで書いた文字や絵を保存する作業をせずに電源を落としても、電源投入後にはそのままの文字や絵を表示させる事が出来、メモ帳(紙)にとって変わる新しいコンピュータの方向性を示した物と言える。

[WindowsになれなかったMacintosh]

ジョブズがアップルを去ったのに前後して、マイクロソフトのビル・ゲイツから「AT&Tやヒューレット・パッカード、ソニーなど有力メーカーにMacintoshのOSをライセンスするべきで、ゲイツ自身もその手助けを惜しまない」という内容のメールが送られた。ゲイツは自社でのOS開発凍結も考えていたほど本気だったようだ。当時のWindows 1.0は縦軸と横軸を組み合わせただけの様な代物で、IBMの推奨するPC-AT規格と言うあまりにも膨大すぎる規格と、当時のメモリ容量では目に余る限界などもあり、GUIと言った快適な環境には程遠い状態でもあった。

スカリーはOSライセンスの可能性について調査を指示したが、技術陣からの猛反対を受けてこの提案は闇に葬られた。この判断は後々、スカリー最大の失策とも言われ、後に「性能は上回るアップル社がソフト面でマイクロソフトの後塵を拝する」一因とされる事となった。

[アップル売却交渉]
ニュートンや政治(スカリーはビル・クリントンの大統領選挙応援に力を入れていた)など、Macintoshに力を注いでいないスカリーの行為に、アップルの取締役会は、不信の目を向けるようになった。

1993年
           業績が大幅に悪化する。

1993年6月18日
      ストックオプションなど約1000万ドル相当の退職慰労金を
      手にスカリーはCEOを退任し、アップルのヨーロッパ市場
      で功績を上げていたマイケル・スピンドラーが新たなCEO
      に就任する。

1994年   
         低価格Macintoshのパフォーマシリーズを増産してクリス
      マスシーズンを迎えたが、スピンドラーはこの需要予測を
      大きく外し、この四半期で赤字は8000万ドルに達した。

1995年
      アップルはキヤノンとIBMとフィリップスに交渉を持ちかけ
      るがが断られてしまう。

1996年1月23日
        サン・マイクロシステムズにも交渉は断られてしまう。
           その後の取締役会で、スピンドラーは責任を取らされる形
      でCEOの座を下ろされる事となる。

マイク・マークラを筆頭とするアップルの取締役会はスピンドラーの後任として、かつて倒産寸前だったナショナル・セミコンダクターを再建したギルバート・アメリオ (ギル・アメリオ)をCEOの座につけた。アップル再建の道標となるべく一歩を踏み出した。

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[7st]【Apple】創成期 (2007/1/24)

[Apple I]

1974年    大学を中退しアタリの技師をしていたスティーブ・ジョブズ
              とHPに勤務していたウォズは、ホームブリュー・コンピュ
      ータ・クラブ(自家醸造コンピュータ・クラブ)に参加するよ
              うになる。

1976年    3月に最初のプロト機ができあがり、ホームブリュー
      ・コンピュータ・クラブでデモを行い賞賛を受ける。

            彼らの会社の名前はアップルとなる。
      この名前は、ジョブズがフルーツダイエットをしていた
     時期があって、そのころリンゴだけ食べればシャワー
      を浴びる必要が無いと考えていたことからという。

1976年6月
      販売開始。8月を過ぎると売上は好転。
            ジョブズとウォズは昼夜時間を惜しんでApple Iを製造した。


[アップルコンピュータ設立]
1977年1月3日
            3人はアップルコンピュータを法人化した。
1977年5月
           ナショナル・セミコンダクターからマイク・スコットを引き抜き、
     社長となる。


[Apple II]
          これと前後してウォズニアックは、アップルに注力するため
     ヒューレット・パッカードを退社しAppleIの再設計を開始した。
     処理能力向上と外部ディスプレイへのカラー表示、内部拡張
     スロット、内蔵キーボード、データ記録用カセットレコーダを
      もつApple IIをほとんど独力で開発。

1977年4月
       価格は1,298ドル。Apple IIは爆発的に売れる。
1980年
     設置台数で10万台、1984年には設置ベース
           で200万台を超え、莫大な利益をアップルにもたらす。
1980年 
       アップルはIPO(株式公開)を果たす。
         750万株を持っていたジョブズは2億ドルを超える資産を
           手に入れ、フォーチュン誌で長者番付に名を連ねた唯一
           の20代となり、コンピュータ業界の天才児としてもては
     やされる。

[Lisa (リサ)とMacintosh(マッキントッシュ)]
1981年
         IBMがPC(パーソナルコンピュータ)市場に参入を発表。
     アップルは新聞広告に「Welcome, IBM. Seriously」と挑発。
        しかし、次第にIBMにApple IIはシェアを奪われる。

1979年秋
         2000ドル台のビジネス向けを念頭においた
    Lisa(Lisa)・プロジェクトが立ち上げられた。      

1979年
        XEROX(ゼロックス)社にアップルの株式と交換に
    11月と12月の2回に渡りパロアルト研究所(PARC)
    の見学を見学が行われた。
         先進的なSmalltalkで動くGUIを持ち、ビットマップ
    ディスプレイとマウスで操作されるAltoのデモに
    インスピレーションを得た。ジョブズは、Lisaにアルト
         と同じ機能を持たせることを意図し、設計に過剰に介入
         をし始めた。ジョブズがLisa・プロジェクトを混乱させて
    いる原因と社長のスコット考えた。

1980年秋
     ジョブズに株式公開のための仕事を割り当てて、Lisa・プロ
    ジェクトのメンバーからジョブズを外した。

[Macintosh]
         一方で
1979年
        500ドル台のゲーム機(コードネーム:アニー)のMacintosh
        プロジェクトを開始する。

1981年
        ジョブズは、Macintoshプロジェクトに突如として乗り出した。

1984年1月
        スーパーボウルの伝説のCM『1984』とともに、Macintoshは
    ようやくデビューを果たした。

アップルはMacintoshという新たなパーソナルコンピュータを登場させることで、すべてのコンピュータ業界に新たな方向性を示したのだった。
そしてMacintoshは、キヤノンと共同開発したレーザープリンタであるLaserWriter (レーザーライター)を登場させることで、コンピュータ上で描いた文字や絵を出力する際にドットの粗いディザを表示させることなく、奇麗なアウトラインで出力することができた。また、アルダス社(現アドビシステムズ)の開発したPageMaker (ページメーカー)とMacintosh、レーザーライターを組み合わせることで、DTP(デスク・トップ・パブリッシング)という市場を創造した。現在でもDTP用途ではMacintoshが多用されているのは、この2つの製品による革命と、高価ではあったがグラフィック処理にも耐え得るモトローラ製CPUの採用が起因していると言える。

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ジョブズ追放、WinになれなかったMac
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[7st]【Apple】携帯にまで進出、デジタル家電戦略アップル (2007/1/24)

Imagfes
先日、コンピューターメーカーからデジタル家電への展開のひとつとしてアップル・コンピュータ社は社名を「アップル」に変更しました。

そして、iphoneの総合デジタル戦略を決定付ける発表。

孤高の天才経営者、スティーブ・ジョブズとアップルについて今回はまとめました。


[目次]
[企業情報]
[財務状況]
[歴代CEO]


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[企業情報]

【社名】Apple Ink.   
【特色】デザイン重視のスタイリッシュコンピューターカンパニー
【業種分類】ハードメーカー(PC、オーディオ、携帯など)
【市場名】NASDAQ
【決算】9月末日
【CEO】Steve P. Jobs(スティーブ・ジョブス、51)
【従業員数】17,787

■---■---■---■---■---■---■---■---■---■
[財務状況]
(現在の株価)⇒コチラ
2007/1/17
[時価総額]83.44Bilion⇒83.44億$⇒10兆円(1$=120¥)
[株価]39.46$
[PER]42.83
[EPS]2.27
(過去5年分財務状況) (1$=120¥)                     
【売上げ】Total Revenue
[2005/12/31]19,315.00Million⇒193.15億$⇒2.32兆円
[2004/12/31]13,931.00Million⇒139.31億$⇒1.67兆円
[2003/12/31] 8,279.00Million⇒ 82.79億$⇒0.99兆円
[2002/12/31] 6,207.00Million⇒ 62.07億$⇒0.74兆円
[2001/12/31] 5,742.00Million⇒ 57.42億$⇒0.69兆円
[2000/12/31] 5,363.00Million⇒ 53.63億$⇒0.64兆円
【純利益】Net Profit                                    
[2005/12/31]1,989.00Million⇒19.89億$⇒2387億円
[2004/12/31]1,328.00Million⇒13.28億$⇒1594億円
[2003/12/31]  266.00Million⇒ 2.66億$⇒ 319億円
[2002/12/31]   69.00Million⇒ 0.69億$⇒  83億円
[2001/12/31]   65.00Million⇒ 0.65億$⇒  78億円
[2000/12/31]  -25.00Million⇒-0.25億$⇒ -30億円
【粗利益】Gross Profit                                    
[2005/12/31]5,598.00Million⇒55.98億$⇒6718億円
[2004/12/31]4,042.00Million⇒40.42億$⇒4850億円
[2003/12/31]2,257.00Million⇒22.57億$⇒2708億円
[2002/12/31]1,708.00Million⇒17.08億$⇒2050億円
[2001/12/31]1,603.00Million⇒16.03億$⇒1924億円
[2000/12/31]1,235.00Million⇒12.35億$⇒1482億円
【営業収益】Operating Profit                                      
[2005/12/31]2,453.00Million⇒24.53億$⇒2944億円
[2004/12/31] 1,643.00Million⇒16.43億$⇒1972億円
[2003/12/31]   313.00Million⇒ 3.13億$⇒ 376億円
[2002/12/31]    -1.00Million⇒-0.01億$⇒  -1億円
[2001/12/31]    17.00Million⇒  0.17億$⇒  20億円
[2000/12/31] -344.00Million⇒-3.44億$⇒-413億円

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[歴代社長(CEO)]

1977年    マイク・スコット(ナショナル・セミコンダクター)
1983年    ジョン・スカリー(ペプシコーラ事業担当社長)
1993年    マイケル・スピンドラー(アップル・ヨーロッパ)
1996年    ギルバート・アメリオ(ナショナル・セミコンダクター)
1997年 スティーブ・ジョブズ


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[歴史]

アップル創成期
ジョブズ追放
ジョブズ復活

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2007年1月 6日 (土)

用語説明

[財務指標]
営業利益
    売上 - 販売コスト(売上原価,一般管理費)
経常利益
    毎期経常的に生じる利益?
純利益
    もろもろを引いて残った利益
株価収益率(PER=)
    1株あたりの純利益の何倍かを示す数値。割高感をあらわす。
株価純資産倍率(PBR)
    1株あたりの自己資本の何倍かを示す数値。割高感をあらわす。
株主資本利益率(ROE)
    株主が出資した額に対する利益の割合
1株利益(EPS)
    1株当たりでいくらの利益をあげたのかを示す数値。
Yahoo!ファイナンス
    ヤフーが提供する株情報ページ

[証券用語]
証券コード
    会社の出席番号みたいなもの。日本は4桁数字、米は4文字のアルファベット。
決算
    4半期ごとにおこなう成績発表みたいなもの。会社のページのIRで見ることができる。
連結
    グループ会社を含めたという意味   
資本金
    株主が出資している総額
有利子負債
    会社の借金
出資
    元本の返済が不要。配当と経営参加ができる⇒株主ということ。
融資
    元本の返済が必要。利息という対価を目的にしている。

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2007年1月 4日 (木)

[6th]【Amazon.com】無いものはないアマゾンドットコム

  Amazonlogo
アマゾンは、アメリカワシントン州シアトルに本拠を構える世界最大のインターネット書店で、インターネット上の商取引の分野で初めて成功した企業の一つである。本以外にもDVDや電化製品など様々な商品を扱っている。
傘下するITサービスとして、アレクサ・インターネット、a9.com、インターネット・ムービー・データベース(IMDb)等がある。

【目次】
[企業情報]
[財務状況]
[歴史]
[ロングテール]
[パーソナライゼーション]
[日本法人]

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[企業情報]

【社名】Amazon.com Ink   
【特色】インターネット書店
【業種分類】ITサービス
【市場名】NASDAQ
【決算】1月末日
【CEO】Jeffrey P. Bezos(ジェフベゾス、43)
【従業員数】12,000
【進出国】7カ国(アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス・日本・中国)

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[財務状況]
(現在の株価)⇒コチラ
2007/1/3
[時価総額]16.25Bilion⇒16.25億$⇒1.95兆円(1$=120¥)
[株価]39.46$
[PER]58.03
[EPS]0.68
(過去5年分財務状況)(1$=120¥)
【売上げ】Total Revenue
[2005/12/31]8,490.00Million⇒84.90億$⇒1.19兆円
[2004/12/31]6,921.12Million⇒69.21億$⇒0.83兆円
[2003/12/31]5,263.70Million⇒52.64億$⇒0.63兆円
[2002/12/31]3,932.94Million⇒39.33億$⇒0.47兆円
[2001/12/31]3,122.43Million⇒31.22億$⇒0.37兆円
[2000/12/31]2,761.98Million⇒27.61億$⇒0.33兆円
【純利益】Net Profit
[2005/12/31]   359.00Million⇒ 3.59億$ ⇒   472億円
[2004/12/31]   588.45Million⇒ 5.88億$ ⇒   627億円
[2003/12/31]    35.28Million⇒ 0.35億$ ⇒    42億円
[2002/12/31]  -149.93Million⇒-1.50億$ ⇒-  180億円
[2001/12/31]  -556.28Million⇒-5.56億$ ⇒-  668億円
[2000/12/31]-1,411.27Million⇒-14.11億$⇒-1,694億円
【粗利益】Gross Profit
[2005/12/31]2,039.00Million⇒204億$⇒2.45兆円
[2004/12/31]1,602.00Million⇒160億$⇒1.92兆円
[2003/12/31]1,257.17Million⇒126億$⇒1.51兆円
[2002/12/31]  992.62Million⇒ 99億$⇒1.19兆円
[2001/12/31]  798.56Million⇒ 80億$⇒0.96兆円
[2000/12/31]  655.78Million⇒ 66億$⇒0.79兆円
【営業収益】Operating Profit
[2005/12/31] 432.00Million⇒ 4.32億$⇒518億円
[2004/12/31] 440.43Million⇒ 4.40億$⇒529億円
[2003/12/31] 270.60Million⇒ 0.27億$⇒325億円
[2002/12/31]  64.12Million⇒ 0.06億$⇒ 78億円
[2001/12/31]-412.26Million⇒-4.12億$⇒-495億円
[2000/12/31]-863.88Million⇒-8.63億$⇒-1036億円


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[歴史]
1994    ジェフ・ベゾスによってCadabra.comとしてインターネット書店設立
    ワシントン州で法人格を取得
1995.07 Amazon.comとしてサービス開始
1996    デラウェア州で法人格を取得
1997    株式公開

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[ロングテール]

The Long Tail(ロングテール)とは、
「あまり売れない商品が、ネット店舗での欠かせない収益源になる」とする考え方。

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(ロングテールの一般的な意味)
一般的に、売り上げは上位の20%が
全体の80%を占めるといわれている。

今までの小売店では、
在庫の制限などでこの上位20%に当たる商品を多く揃えなければならず、
その他(80%)は軽視されることが多かった。
しかしAmazon.comなどのオンライン小売店は、
在庫や物流にかかるコストが従来の小売店と比べて遥かに少ないので、
今まで見過ごされてきたこの80%をビジネス上に組み込むことが可能になり、
そこからの売り上げを集積することにより、
新たなビジネスモデルを生み出した。
そのことを説明する時に使われるのが、
ロングテールである。



(名前の由来)
商品売り上げのグラフを見てください。(右図)
縦軸:販売量(population)、
横軸:販売量順の種類
売れない商品が恐竜の尻尾(tail)のように長く伸びる
ところのグラフ形状から因んで「ロングテール」と由来した。

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[パーソナライゼーション]
個々の読書趣向に合わせて、今まで蓄積したデータパターンから商品を薦めてくれる。
その機能は売り上げにも貢献する。

例えば、ある書籍A(上巻)を購入したらA(下巻)を薦める。

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[Amazon.comの傘下サービス]Alexa
(Alexa)
アクセス数を教えてくれるサイト

Alexa Internet(アレクサ インターネット)は、
カリフォルニア州サンフランシスコに本社を置くインターネット関連企業。
1996年に設立され、1999年にAmazon.comの傘下となった。

(IMDb)Logo_1
[編集] 概要
IMDbはそれぞれの作品に関するさまざまな情報
- 出演俳優や監督、あらすじやレヴューといった基礎的な情報から
作品内における小さな間違いやサウンドトラックのリスト、
アスペクト比や別ヴァージョンといった詳細な情報 -
を提供している。

Internet Movie Database(インターネット・ムービー・データベース、略称:IMDb)は俳優、映画、テレビ番組、テレビ・スターおよびビ

デオゲームに関する情報のオンラインデータベース。1998年からはAmazon.comによって提供されている。

(a9.com)Hm_logo_a9
サーチエンジンとしてのA9.comは、
複数の情報源に依存している。
Webと画像検索はGoogleが、
書籍情報はAmazon.comが
「Search InsideThe Book」機能から提供。
映画情報は「Internet Movie Database」から、
百科事典や辞書などの参照情報はGuruNet.comから提供され、
これらの情報をA9.comがまとめて検索・表示する。

検索結果にはAmazon.comで販売している書籍が1つの欄に表示されるようになる。


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[日本法人アマゾンジャパン]

千葉県市川市にアマゾンの巨大倉庫がある。
北海道札幌市にサポートセンターがある。

・1500円以上なら送料無料(マーケットプレイス以外)
・アフェリエイトサービス有り
・中古のマーケットプレイスは和書、洋書、エレクトロニクス、ホーム&キッチン、スポーツ、CD、DVD、ビデオ、ゲーム、ソフトウェア、おもちゃ&ホビー商品を出品できる

設立当時170万個だった商品数は2005年には700万個に増え、売り上げも2ケタ成長を続けている。2004年には全世界の売上高の10%を占めるに至った。


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[豆情報]

①アマゾンのロゴの口元は、A→Zをあらわしていて、
書籍が全て揃っていることを表しているらしいです。

②面白いことにAmazon創業者のジェフ・ベゾスは1994年、
一番最初はシアトルのガレージから出発しているのですが、
あとで会社が大きくなったときに
「googleと同じようにうちもガレージから始まったんだ」
と言うためにわざわざガレージにしたそうです。

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